episode 29
'96年、'98年、そして今年2005年
3度目の正直、私はこの街に勝てるのか?
フィレンツェ・リヴェンジ
(2005.04.09-14)

私は過去2回、この街を訪れたことがある。最初は'96年の4月。ローマに一週間滞在したあと列車でやってきた。ところがちょうどその日は復活祭で休日だったのだ。そうなのだ。そもそもローマを発ってくる午前中、私はサンピエトロ広場でヨハネパウロ2世が全世界へ向けて祝福の言葉を投げかけているその姿とそこに集まった多くの人々の姿を目の当たりにしていたのだ。そもそもキリスト教なんて日本じゃあまり縁がないので知らなかったのだが、復活祭は欧米をはじめキリスト教の国々では当然祝日になっていたのだ(この問題に私は、不覚にも後にサンフランシスコで再び直面することになる)。ただでさえ観光客の多いこの街に復活祭の休日がぶつかり、信じられないくらいの人で街が溢れかえっていたのだ。よって惨敗。這々の体で滞在わずか数時間でヴェネチアへ向けて脱出した。

2度目は'98年のGW。奥さん(当時はまだ奥さんではなかった)と二人で、スイスのチューリッヒからアルプスを列車で越えてイタリアに入り、実に1週間以上に渡って列車の旅をしローマを目指した。このときはチューリッヒとローマ以外の宿を決めず、予定は全くの未定状態で旅をはじめた、まぁ良く言えば"若い"旅であった。ところが、思うようには物事は進まず、肉体的疲労と溜まったフラストレーションが、この街フィレンツェに到着した時にピークに達していたのだった。案の定、宿探しに難航し、夕方限界ギリギリのところでやっと部屋を確保。結局、この時のフィレンツェも何一つ観光をせず、翌朝サン・ジミニャーノへ向けて発ったのだった。

よって「フィレンツェ・リヴェンジ」。果たして今回、私はこの街を堪能しつくすことが出来るのか・・・

長い一日 (04月09日sat)
Cerretani通りを2度ほど行ったり来たりしてようやく見つけた入り口で、ヨーロッパ式雑居ビルお決まりのインターフォンでホテルを呼び出し、入り口の鍵を開けてもらう。電気が消されて真っ暗な中に、ぽつんと一カ所灯りがついているのは古めかしい一人が入ってやっとのリフト(エレベーター)。無理矢理荷物を押し込んで2Fへ。これまたヨーロッパ式の表記なので実際には3階になる。「ごとん」とリフトが止まり、ようやくホテルのフロントにたどり着いた。

通された部屋は細長い小さなツイン。幅2メートルほどの細長い部屋に、ベッド2つと小さな机、不釣り合いな大きさのクローゼットがあるだけの部屋だ。天井が3メートル以上の高さで、いかにもヨーロッパだ。この建物、実は相当古い建物のようで、大きなぶち抜きのフロアだったものを小さく壁で無理矢理区切ってホテルにしてしまったようだ。天井にはかつてこの建物が本来の使われ方をしていた時代の天井画の名残が見える(あとで他の部屋のお客さんに見せてもらったのだが、その部屋の天井には天使の絵が描かれているんだけれど、無惨にも絵のど真ん中、お腹のあたりを壁で分断されていて、上半身は隣の部屋、という有様の部屋も)。うたい文句の通り、窓からはドゥオモが少しだけ見える('little bit'と予約した時メールにはそう書いてあった)。シャワー、トイレは共同である。まぁ、ヨーロッパのホテルでは珍しくない仕様だ。加えてこの部屋、電話すらない。要するにネットに繋げないってコトになるが、まぁ、それも良し。メールのチェックが出来ないのは、むしろ面倒がなくっていいかもしれない。久々にゆったりと夜を過ごせそうだ。とりあえず今は、エールフランス機の機内でもらった白ワイン飲みつつ、日記を付けている。

シャルル・ド・ゴール空港
フィレンツェ行きのF21番ゲート
AF5048便
フィレンツェ空港到着
Hotel Giovanni

とにかく今日は一日、殺人的に長い一日であった。日本とヨーロッパの時差8時間。24時間に加えること8時間で、実に一日が32時間にもなった。よく仕事でせっぱ詰まっている時「一日が30時間あったら・・・」なんてコトをついつい口走ってしまうが、いやぁやるもんではないと言うのが実感である。パリからのフライト中は日本時間の真夜中2時3時頃になるワケで、さすがに気がつくと意識が遠のいていた。久々に泥のような睡魔である。

結局、出発前夜は思うように準備が進まず、寝過ごして出遅れるおそれもあったので、意図して徹夜で朝を迎えた。いつも、何処へ行く時もそうなのだが、この「出発の朝」ってのがどうにもイヤだ。「なんで出かけようなんて思ったんだろう」とか「やめちゃうか?」とか、メチャクチャ弱気だ。この気持ちは成田に着くまで断続的に続く。で、チェックインが済むと、気持ちも落ち着き、一転いく気満々大丈夫になるのだ。で、早めに家を出て、NEXも予定の1本前の列車に乗ることが出来て、絶好のスタートを切ったかに見えたのだが、成田空港に着いていきなりアクシデントである。

私の取ったチケットはエールフランスの便で、パリ(シャルル・ド・ゴール)で乗り換えてフィレンツェへ向かうもの。通常エールフランスの便は第1ターミナルからの発着なので、NEXで終点の成田空港駅(第1ターミナルはここで降りる)まで行き、余裕で4階の出発ロビーに上がったのだった。ところが出発便の案内表示版を見ると、なんと私の乗る便は第2ターミナルからの出発になっているではないか!そういえばこの便、あとからJALとの共同運航便になったとのメールが入っていたのを思い出した。どうやら完全にJALの機材および仕切りになっているらしい。だから第2ターミナルから出発、になるのだ。やれやれ、第2ターミナルへ移動である。無料の連絡バスを捕まえて第2ターミナルへ。広い第2ターミナルの端から端まで歩き、ようやく共同運航便のカウンターへたどり着いた。NEXを1本早い便に代えておいて正解であった。

そういえば先週の土曜日もこの第2ターミナルからソウルへ出発したのだった。先週はかなりガラガラの感があったのだが、今日はやたらと混み合っている。セキュリティ・チェックの前は長蛇の列になってごった返している。これは早く入った方がいい。現地到着時刻のことも考えて、あらかじめいくらかの日本円をユーロに両替してから(1ユーロ=145円)、私もその長蛇の列に加わった。

私の乗るAF271便(JAL405便)パリ行きは、いったん乗ったお客の一人が身体の不調を訴え急遽降機というアクシデントもあって、30分以上遅れての出発であった。案の定、すべてJALである。よって機内食については全く期待できなくなった。しかもなんとかバルク席を確保はしたのだが、座席自体が小さく狭い上に(そう、JALの座席ってどうにも狭すぎる)、正面の壁までがやたらと近くむしろ窮屈な感じなのだ。で、私の隣の黒人系フランス人カップルが通路を挟んでの席だったので、彼氏と座席を交換してあげて彼が座っていた通常の通路側席へと移動した。結果的にはこの方がかなり快適であった。

JAL機ならではのいいこともある。JAL機はすべての座席に個人用のモニターが設置されていて、映画が10本ほどの候補から好きなものを見られるようになっている。これは嬉しい。なんせパリまで12時間のフライトである。半日も飛んでるわけで、そりゃ見る映画は選べた方がよい。で、私はフライト中、あんまり美味しくはなかった白ワインを実に3本も飲みつつ、「オーシャンズ12」「ミスター・インクレディブル」「ナショナル・トレジャー」「レイクサイド・マーダー・ケース」の4本を見た。もちろん寝てない(笑)。

夕方5時少し前、パリ・シャルル・ド・ゴール空港へ到着。ここで約2時間後のフィレンツェ行きに乗り換える。2年に1回くらいのペースでヨーロッパに来ている私だが、実はフランスは初めてである。まぁ今回も空港から外に出る(入国する)ワケではないので、正しくはフランスには降り立ってはないのだが、それでも「ああ、フランスだ」という感慨があったりする。そしてこの甘いにおい。ヨーロッパの空港はどこの国でも何とも言えない甘い香りが鼻孔をくすぐるのだ。おそらくこれはヨーロッパ人の体臭とか化粧とか香水の入り交じった香りなんだろうけど、この香りに包まれると「ヨーロッパだ!」という実感がこみ上げて来る。たとえ自分の周りが日本人観光客だらけであっても、知った顔が通り過ぎても・・・って、え?都留クン、なんでこんなところにいるの?なんと東映アニメーション企画営業部の都留クンとトランジットのコンコースでばったり出くわした。聞けばカンヌへ出張らしい。あ、なるほど。もしかして、同じ便に乗ってたのか?気がつかなかった(笑)。

夕刻のシャルル・ド・ゴール空港を、フィレンツェ行きの小型機が飛び立つ。今度はちゃんとエールフランス便だ。2時間あまりの短いフライトなのだが、さすが国際線、軽い食事を飲み物が出た。美しい雲海の広がる上を今度は東へ。上空から見た空港周辺は果てしなく畑が続く。さすがフランスは農業国だ。しかも広い。空港ひとつとっても桁違いに広い。ヨーロッパの空港を見ると、国際空港ってのはやっぱりこんなだよな、と思う。

ちょっとうとうとしていたら、あっという間にフィレンツェに到着。ちなみにこの空港は圧倒的に小さい。ギリシャ・ミコノス島の空港を彷彿とさせる。滑走路を100メートルほど歩いてビルに入り、荷物を受け取ったらそのまま出る。パスポートのチェックなし。イタリアである(笑)。飛行機から降りた人たちは、地元民半分、旅行客半分くらいである。やはりフィレンツェへは、ローマやミラノから列車で入るのが主流だから、観光客は少なめなのだろう。地元の人たちは駐車場に止めてあった車で帰っていき、観光客はタクシーで市内のホテルへ向かう。私はタクシーを使わず、30分待って空港バスで市内へ向かった。4ユーロ(580円)。フィレンツェS.M.N駅前でバスを降り、ザックを背負いホテルへと歩き出した。

雨と風邪 (04月10日sun)

5時起床。結局昨夜は着いてから少し日記を付けたものの、多少風邪気味っぽいこともあって23時にはベッドに入った。だが、時差ぼけでどうにも早く目が覚める。結局起きて日記の残りを付ける。7時半に朝食。朝食は通りを隔てて反対側のホテルの食堂で食べるシステムになっている。なので、身支度整えて外へ出る。

部屋からの眺め
早朝のチェントロ
早朝のチェントロ2
朝食
朝食の食堂
鍵3つ
鐘楼とドゥオモ
水たまりにドゥオモ
ドゥオモ正面

小雨のフィレンツェ。過去2回この街を訪れた時は2度とも快晴のフィレンツェだったので、よもや雨は想像していなかった。しかも寒い。過去はもっと暖かなフィレンツェの印象だったので、正直言って、私は致命的に服が足りない。先週のソウルの時のような装備で来るべきだったのだ。状況に応じて、なにかこちらで服を買うか。

向かいのホテル「IL PERSEO」で朝食。ここ、私が泊まっているホテルと経営者が同じなのだ。ヨーロッパの安宿の朝食といえばパンとシリアルと一人用ポット入りのコーヒーである。もう少しグレードが上のホテルだとハムとチーズも付く。で、このコーヒーがとにかく美味い。もちろん豆はイリィの豆。一緒に出されるホットミルクで濃厚なカフェラテにしていただく。これで一気に目が覚める。

朝食のあとは、小雨の中、ドゥオモの周りを散歩して廻った。日曜の朝8時半。まだ観光客の姿もまばらだ。残念ながらドゥオモは外装を改修工事中で、かの辻仁成と江國香織の小説「冷静と情熱の間」で有名になったクーポラの頂部も見事に工事の足場に覆われていて見えない。今回こそ、この最頂部に登るつもりだったのだが、果たして上がることが出来るのだろうか?

「フィレンツェ・リヴェンジ」を謳ってはいるが、だからといって闇雲に何でもかんでも詰め込んで予定を立てて見て回る、ということではない。あくまでも自分のペースでこの街を楽しめれば良いのだ。教会や聖堂、礼拝堂といったところのフレスコ画たちを中心に見て回ろうと思っている。すでに今回はウフィッツやアカデミアなどの超有名美術館の見学は放棄。あんまり詰め込んでたくさん見過ぎると、それぞれの印象も薄れるし、なにより何を見たのかわからなくなってしまうからだ。

部屋に戻り暖を取りつつ、まったり過ごす。30分ごとに打ち鳴らされる鐘楼の鐘の音を聴いているだけでかなり満足だ。しかも雨。まぁ、気楽に気長にゆっくり行こう。と、窓外から大きな歓声が聞こえる。ランナーに贈られる声援。小雨の中、ドゥオモの周りで地元のマラソン大会が開催されている。

サン・ロレンツォ聖堂とメディチ家礼拝堂
露店たち
昼ごはん

11時、再びホテルを出てサン・ロレンツォ聖堂の方へ歩く。今日は日曜日のため、サン・ロレンツォ聖堂もメディチ家礼拝堂もお休み。美術館と違って教会や修道院は日曜日は当然お休みだ。この界隈には、道の両側にびっしりと観光客相手の革製品や装飾品などの露店が建ち並ぶ。前回ここへ来た時には、その露店のひとつで革製のベルトを1本買ったのだ。値段はもう忘れてしまったが、たしか値引きの交渉をして、半額、とまではいかないが、だいぶ安く買ったような気がする。今回も記念に1本ベルトを買うか、とも思ったが、ちょっと考えて、そのイベントはまた次回に来た時に取っておくことにした。

そのままその界隈を抜け、日曜日で休みの中央市場をぐるっと迂回してサン・ガッロ通りを北へ。旧サンタポッローニア修道院でカスターニョの「最後の晩餐」を見る。次にサン・マルコ美術館を見学。入場料4ユーロ(580円)。日本語パンフレット8ユーロ(1160円)も購入。ここもかつては教会と修道院でそれがそのまま美術館になっている。先の旧サンタポッローニア修道院もこのサン・マルコ美術館も収蔵品は宗教画である。

私はキリスト教信者ではないし、ごく一般的な日本人的宗教観を持つ平凡な人間だが、ことキリスト教の宗教画には心惹かれるものがあるのだ。なので、普通の美術館に行くよりも、古い教会や修道院、礼拝堂に行ってしまう。その建物の美しさ、装飾品のすばらしさ、そこに掲げられている宗教画の数々の荘厳さ。初めてバチカンのサンピエトロ寺院を訪れた時、その圧倒的な存在感にすっかりやられてしまったのだった。それ以来、イタリアへはその宗教美術を見に来るようなものなのだ。とにかく、感嘆せずにはいられないのがその絵画たちの構図(レイアウト)のすばらしさだ。シンメトリーを基調にし、天地そして奥行きを完璧に配していく。そしてそれを表現していく色彩の奥深さ。

サン・マルコ美術館を出たところで昼食にした。雨脚が強くなってきたし、かなり空腹だ。思えば朝食べたのは小さなパン3つとコーヒーだけだったのだ。で、美術館近くのセルフスタイルのピザ・レストランで茄子とパプリカのピザとペンネとカプチーノ。13.5ユーロ(1958円)。う〜む、高い。当然のことながら観光地料金なのだが、実はイタリア、物価が以前に比べてかなり高めなのだ。正直、日本の方がかなり割安だと言える。貨幣がユーロに統一されて、やはりその分フランスやドイツ並に物価が底上げされたからなのか。それでも食べると身体が温まり、だいぶ元気が出て来た。カプチーノ飲みつつ、このあと午後をどうするか検討。しかし、雨は相変わらず降り続いているし、どうやら風邪の引き始めっぽい。よって一旦ホテルに退却することにした。途中地元のスーパーマーケットで電気の延長コードを購入。3.5ユーロ(508円)。去年のマルタに続いて、今回も延長コードである。世界中どこかに行くたびに延長コードを買う運命なのか、私は?(笑)。水も500ccのボトル2本で2ユーロ(290円)。

部屋でベッドに横になり、成田空港で買った「冷静と情熱の間Blue」を読み切る。薬のおかげでだいぶ復調。でも、雨は一向に止む気配がない。部屋で停滞。午後5時半の鐘の音が響く。結局そのまま部屋で停滞し、夜9時夕食を買いに出る。近くのピザ屋でピザとペンネで6ユーロ(870円)。部屋にお持ち帰り。雨はだいぶ小雨だが風が強く、部屋の窓の鎧戸の建て付けが悪いため、時折バタン!と大きい音を立てて閉まるのだ。

夜中、目が冴えてしまい、日本から持ってきた映画の録画DVD「スパイ・ゲーム」を見る。

04月11日monへつづく
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