ここのところ、夜帰宅途中にぼんやりと空を見上げると、いかにも春ってな感じのぼんやりとした星空が見える。人間界的に言えば季節的にはもうちょっとの間「冬」なんだろうけど、星座界(って言うのか?)では、もうすっかり春の空である。
春の星座の特徴はというと、もうひたすら「ぼんやり」である。獅子座、蟹座、乙女座、かみのけ座、烏座、ついでに大熊座と、どれをとってもシャキッとしたフォルムの星座がない。第一、いわゆる一等星が少ない。しかも暗い。獅子座のレグルスなんてお情けで「一等星」を名乗らせてもらってるようなモンである。さらには、二等星に至っても全体的に暗い。しかもまばら。
コレには実はちゃんと理由があって、この獅子座〜かみのけ座〜乙女座の方向ってのが太陽系の属する銀河系の円盤構造の垂直方向にあたるのだ。銀河系を真横から見た時、いわゆる「厚み」に相当するのが「天の川」。その天の川から一番遠い向きにあたるのが、これらの星座の方角ナンである。銀河の一番薄い部分を見ているんである。よって、星もまばらなのだね。
ということはどういう利点があるのかっていうと、星の密度が低い分だけ遠くまで見通せるワケで、いわゆる銀河系外の深宇宙が見えやすいんである。まぁ、見えやすいって言っても、そうそうおいそれとは肉眼では見えるわけもなく、それこそ大きな天体望遠鏡とかカメラの長時間露出の撮影とか、それでもってやっとほんの少しだけ、銀河系外宇宙の姿が見ることができる。

前にもどこかで書いたかも知れないが、実は僕は高校時代、都立富士高校天文部で部長として大活躍(自己申告)しておった。ミザール製10センチF6の反射望遠鏡を担いで山に登り、遠く宇宙の果てから届く星雲星団のスケッチなんてコトをやっていた。なぜスケッチかというと、要するにお金がなかったからモータードライブとかの高い撮影用の機材が買えなかったんである。目で見て描くんならタダだしね。で、そんなわけで、春休みとかには空のきれいな場所に出かけていっては、春の星座に潜んでる銀河系外星雲のスケッチをバシバシ描いていたのだ。
そうそう、当時ってカメラはもとより、天体の日周運動を望遠鏡で自動的に追尾していくためのモーター付の赤道儀って、スッゲェ高かったんである。まぁ、友人で同じ天文部員だった某Mクンとかは、高橋製の6.5センチ屈折赤道儀モータードライブ付にカメラを載っけてバシバシ写真撮ってたけど、まぁウチの部では彼は超まれな存在であって、他のみんなはどうしてたかっていうと、小さなガイド用望遠鏡の視野をず〜〜〜っと覗きながら天体の運行を手動で追尾していく「手動ガイド」という地獄のような方法で20分、30分と露出して写真を撮っていた。
いやあ、コレきついんである。視野の中に十字線を貼って、その中央に明るすぎない恒星を捕らえて、それが逃げていかないように手元のハンドルを操作し続けるのだ。当然、一瞬たりとも目は離せず、しかもその間空は当然見ることができないので、望遠鏡の視野内は晴れていても、肝心のカメラの視野が雲に遮られてるなんて悲劇もよくあったりした。もう、泣きである。なので手動ガイドのガイド星は、カメラの視野内にある星を使うこと。これ必須条件である。
とにかくコレはホント楽しくない。第一、星空見に行って、星ろくに見ないで帰ってくるコトになるんである。なんか間違ってるぞ、コレ。ってワケで、僕はそうそうに写真撮影、とりわけ手動ガイドから足を洗ってしまって、自由気ままな星空ライフ、ということになる。
そうそう、あの頃はフィルムの感度もそんなに高くなかったのだ。部で使っていたのはカラー・リバーサルが主流で、一番高感度でISO400。カラー・ネガなんてISO100だよ。ああ、あと、白黒の赤外線フィルムのコダック103aEとかも使っていた。R64の赤いフィルターと組み合わせて撮ると、いっかくじゅう座のバラ星雲やはくちょう座の北アメリカ星雲みたいな、なかなか肉眼では見えない赤い光のガス状星雲とかがおもしろいように撮れるのだ。50フィートだか100フィートだかの単位でしか売ってなかったから、それを暗室で切り出して空のパトローネに詰め替えて使っていた。ああ、そうだよ、自分らで現像・プリントもやってたんだよね。
で、僕らの代は合宿・遠征時の快晴率が圧倒的に悪く(誰かいたんだよ!曇男、雨オンナが!) 、文化祭展示用の写真が致命的に少なかった記憶がある。あの時、どうしたんだっけ?センパイの写真とか借りたんだっけか?
あれ?なんか話がヘンな方に行っちゃったが、春の星座である。
なんかそろそろどこかへ星でも見に行きたいなぁ、という気持ちになってきた。なってきたところへ、こんなニュース。うむうむ、呼んでるぞ、星空が。