7月29日(土)〜30日(日)

「おジャ魔女どれみ#」の番組スタッフ&声優陣で「合宿」をした。

「合宿」なんて言うと、当然「いい番組を作っていくためにはどうしたらいいか」なんてディスカッションをしたり、技術研修会を開いたり、・・・なんてコトはまったくしないで、「いい番組を作っていくためには・・・とにかく遊んで!遊んで!遊んで!」である。どれみちゃん達が夏休みなんだから、僕らも正しい夏休みをしちゃおう!って訳である。
う〜む、わかりやすいゾ!ちゃんと遊べないヤツにはいいアニメは作れないのだ!

合宿の場所は埼玉県秩父の山奥。廃校になった中学校を合宿施設として東京アナウンス学園が買い上げて使っているというところ。小さい学校なんだけど、まるまる校舎が使い放題でしかも山奥、誰はばかることなく大騒ぎが出来るのだ。

最後までいた面々で記念撮影。実は総勢50人!この日仕事のあった僕らスタジオ組は4時頃から順次現場へ向けて出発。夕食直前の7時前には全員が集結。参加者は総勢50人を越えた。声優さんもあいこちゃん役の松岡さん、おんぷちゃん役の宍戸さんをはじめ、多数参加。当然家族参加大歓迎で、日頃家族サービスの足りな気味のお父さんやお母さんがお子さん達を連れて参加してくれた。僕らもじゅうぶん子供だけど、やっぱ夏休みは小さい子供たちの天下だな。

で、7時頃から校庭に出て大バーベキュー大会。ビール、ウイスキー、焼酎、日本酒、すべて飲み放題状態。でも屋外が気持ちよく、みんな程良い酔い心地である。そのまま総額5万円の大花火大会にスイカ割り。正しい夏休みの夜はこうして過ぎてゆく。11時過ぎからは恒例「大抽選会」である。各スポンサーさんからゲットしてきた景品の数々。ヘンにくじ運の強い僕は、なんとキック・ボードが見事に当たり!盛り上がって大盛況のまま、さらに夏休みのバカ騒ぎは続くのである。卓球で盛り上がったり、カード・ゲームで盛り上がったり、静か(?)に語りあい呑み続ける面々がいたり、心霊写真を撮りに行く奴らがいたり、徹夜マージャンに興じるグループがあったり、はたまた厨房に籠もりひたすら焼きそばを作り続ける某声優さんがいたり。そんなこんなで朝4時過ぎまでバカ騒ぎは続いたのであった。

ネコも参加の夏休み。山内家のモモ。
お約束。男部屋の朝。
・・・ん?
翌朝はナント8時起き。しっかり朝ご飯を食べて、8時半からはしっかり「おジャ魔女どれみ#」の放送を見たのであった。
そしてさらに午前中いっぱい、近くの川岸やダムへ出かけて思い思いに遊んで、昼ご飯を食べて解散となったのだった。
出た!キューベルワーゲン
関越道でパチリ!

さて、帰りは美術の行さんご自慢の旧ドイツ軍の軍用ジープ、キューベルワーゲン(のレプリカ)に乗せてもらった。いやぁ、コレがまた爽快なのだね。オープンカーは風とお友達。爽やかなのだね、走ってる時は。・・・さすがに停まると地獄である。ああ〜、暑い!いやぁ、しっかり日焼けである。ふふ。またコレで「夏の男」である。

ほんとに楽しい「夏の日」でありました!

7月28日(金)

暑い!とにかく暑い!

連日の真夏日攻撃で「暑い夏大好き!」の僕はもう嬉しくってたいへんである。毎日スタジオに通うのにも着替えのTシャツ持参である。通勤の1時間でシャツは絞れるくらい汗でグッショリである。そしてボルビックの500のペットボトルが手放せない。

ところがこのクソ暑い夏に何かが足りないのだ。そう、蝉の声なのだ。この夏、東京は異常に蝉が鳴かない。少なくとも中野区〜杉並区〜練馬区では蝉がまったくと言っていいほど鳴かないのだ。先日狭山の方へ帰った際、ようやく聞こえたくらい。父の話ではその狭山でも今年は蝉が少ないとのこと。

蝉は幼虫時代7年間も地中で過ごす。つまり今年の蝉は7年前の蝉の子供たちなのだ。7年前、一体何があったのか?

この7年前ってのは、実は記録的な冷夏だったのだ。ほら、冷夏で農作物が軒並みやられて、特に稲作がダメダメ状態に陥り、急遽タイ米を緊急輸入した、そうあの年なのだ。

もう7月も終わろうというのに、蝉が鳴かない猛暑の夏。はたして今年、ギラつく太陽の下に蝉は鳴くのでしょうか?

7月27日(木)

昨日、今日と小田和正のコンサート・ツアー「SAME MOON」の東京公演を見に(聴きに)、有楽町の東京国際フォーラムに行って来た。

ここは東京都が鈴木都知事時代に建てたいわゆる「箱モノ」のひとつで、まさにバブル全盛期!っていう感じの巨大建造物である。A〜Dの4つのホールを持ち、最大のAホールは5000人のキャパを誇る。もちろん小田和正のコンサートはこのAホールだ。今回僕らの席は2日間とも2階席だったが、2階席もわりと前の方(26日は11列、27日は14列目)でさらに真ん中だったので悠々とライブを堪能できた。下手に1階席の端っこでPAの前になるよりも断然2階席の方がよい。僕らももう随分「いい歳」なので、ステージ直前で総立ち状態は結構辛い。あ、いや、2階席でも結局は盛り上がって総立ちなんだけど、まぁ、気分的に、ね。ただ、2階席も奥の方、一番うしろの方の席はかなり辛い。ここまで奥だと、ホント、ステージが遙か彼方、豆粒状態である。これで同じ6800円なのは哀しすぎである。

小田和正のファン層は最近ファンになったという10代20代の人たちから、オフコースのデビュー時代からの30年来のファンのオバさん方まで、と縦に広いので、コンサートの客層はわりと40才代より上のいわゆる「ババア」が目立つ。そんなババアが女子高生のごとくキャッキャ言ってるのは、(見ようによっては)ほほえましい。あくまでも、見ようによっては、である。母と娘で小田ファンというのも少なくない。中には母-娘-そのまた娘の3代でライブに来る、なんていうのも。とにかく今回の公演もチケット発売開始からわずか15分で「完売」であった。そんなわけで場内は満員。

午後7時にスタートしたライブはアンコールを含め23曲約3時間にも及んだ。今年9月で53才を迎えるオジさんのステージとは思えないタフさだ。コレを日本全国約60本!

いつも思うんだが、コンサートってのは生き物である。同じコンサート・ツアーの連続した公演でも昨日と今日とではその空気感、息吹が違う。それは会場によっても、客のノリによっても、メンバーのコンディションによっても違ってくる。まさに「ライブ」だ。

この「SAME MOON」ツアーもすでにスケジュールの半分を過ぎ後半戦に突入。最終日の日本武道館(10/12)へ向けて進んでゆく。

「夜空に見える月はひとつ。遠く離れていても、僕らは見ている月はおんなじ月さ」

7月26日(水)

「ピンポ〜ン」

突然のドア・ホンのチャイムに僕は飛び起きた。眠い目をこすりながら時計を見る。中野アジト午前3時。「誰だ?こんな時間に」僕は玄関ドアの覗き穴から廊下を伺う。が、誰もいない。「ん?」用心しつつ念のために廊下に出てみる。が、だれもいない。
「あれ?俺がねぼけてたのかなぁ?」何か腑に落ちないまま、再び横になり眠りかけたその時、

「ピンポ〜ン」

再びチャイム。今度は間違いない本物のチャイムだ。僕は飛び起きドアへ。穴から覗いてみる。が、やはり誰もいないのだ。「なんだ?なんだ?どうしたんだ?」廊下に出てみるが、やはりだれもいない。勘弁してくれよな、眠いんだから。そして横になるとまたしてもチャイム!
いたずらか?だけどこのマンション、入り口は一応オートロックだし。となると、このマンションの住人か?でも、そんないたずらの標的になるようなことしたっけかな?でも、いたずらだとしても、一体何処に潜んでいるんだ?このマンションは共用の廊下をはさんで両側に向かい合う形で部屋が並んでいて、僕の部屋は廊下の一番奥、エレベーターから一番遠いところにある。廊下は直線だし、そんなに長くないし、しかも隠れる場所なんてない。まさかお隣?いや、ドアの開け閉めの音はしなかったゾ。とか考えてたらまたチャイム。穴から覗いてみる。が、やはり誰もいない。う〜む。なんだかイヤだぞ。

が、どうにもならないので僕はひとまず無視して眠ることにした。それから延々1時間半、時折思い出したかのようにチャイムが鳴る。しかも寝入ったとたんに鳴るものだから、そのたびに眠りから引き戻されかなり辛くなってきた。そして5時近く。連続して鳴り始めたので、僕は再び飛び起きて穴から覗いた。するとそこには・・・

真っ暗な闇

覗き穴から見た廊下は真っ暗だったのだ!

「!」なんだ、なんだ!どうしたんだ!?ぞわぁ〜と全身が鳥肌が立つ。おそるおそるドアを開けて廊下に出てみる。さっきまで煌々と明るく廊下を照らしていた照明がすべて消えているのだ。もうすでに夜が明け、明るくなっているはずの午前5時である。ところがこの廊下は真っ暗な闇!そしてその闇の奥、エレベーターの方から「ズズッ、ズズーッ」となにかなにやら毛布でも引きずっているような音が聞こえる気が・・・。
「こっ、これは・・・」
あわててドアを閉めるとしっかりと鍵をかけ、頭からタオルケットをかぶって強引に寝てしまった。「あれはなんだったんだ?」そういえばいつの間にかドアのチャイムの鳴動も止まっていた。

7月23日(日)

暑い!暑い!暑いゾ!連日の猛暑!いや、確かに暑い夏が大好きな僕だが、モノには限度ってモノがあるだろうが。
で、こんな暑い日は迷わず冷房の良く効いたスタジオで休日出勤モードである。<オイオイ(^^ゞ

暑いときにはなんて言ったって水分補給である。昔は「暑いときに水飲むと余計疲れる」なんてよく言われててそれが<通説>になっていたけれど、これはまったく反対で、暑いときにこそガンガン水分摂って体内の水分の汗による流出分を補わなくてはダメなのである。で、僕はこの時期、予備の着替えのTシャツとボルビックの500ミリのペットボトルは手放せない。

ところで先日(って言っても、もうずいぶん前になっちゃったんだけど)、さより嬢(25才独身通称"'制作進行の女")が「こんなの売ってた」と僕の所にコレを持ってきた。何でも近くのコンビニで売ってたそうで、先だって紹介したものと同様これもいわゆる「紅茶珈琲」なんである。で、さっそく味見。おおっ、コレはまさしく香港で飲んだ「アイス紅茶珈琲」ではないか!紅茶に珈琲のエッセンスが微妙に溶け合っていて、なんとも香港っぽさを演出してくれている。

が、だ。これ、日本で普通に飲むにはチョット辛い。例えば1日3食中華的油的食生活を送っていればこの手のお茶は非常においしく飲めるのだが、さらっとした日本の食生活の中にあってはどうにもクセが強いのだ。う〜む。お茶ってのはやっぱり、その土地その土地の気候風土食文化の中にあってこそ生きてくるのだね。

でもこのインヨン茶、少し牛乳を入れてミルクティー化すれば嬉しいほどOKである。

7月21日(金)

深夜1時半、東映アニメーション大泉スタジオの玄関前駐車場の地面に「特撮茶屋」のN氏が寝ていた。酒に酔って潰れてしまったらしい。思わずカメラにおさめる僕。で、あとはそのまま放って帰ってきてしまったけど、翌朝、無事に帰れたのかな?
(撮った写真はプライバシー保護のため(爆笑)残念ながらここでは公開出来ません。見たい方はメール下さい)

7月20日(木)

今日は「海の記念日」、祝日であり、この日から公立の小中高校は一斉に夏休みに入った。ああ、夏真っ盛り!

夏、大好き!の僕はギラつく真夏の太陽の下、夏の休日を満喫すべく・・・、クーラーの良く効いた部屋でビール片手に書き物をしておりました(って、おいおい(笑))。

夕方、少し陽が西に傾いた頃に新宿東映に「劇場版おジャ魔女どれみ#」を見に行った。自分がやった仕事は、やっぱり見に来てくれた人(子供たち)の反応が気になるもので、夏休み初日のこの日に行って来たのだ。

日中の暑さに負けて午後4時過ぎの最終回(「どれみ」→「デジモン」と続くのだ)に出かけたので、小さいお友達はさすがに少なく、場内は30%位の入りであった。4時15分、場内の照明が落ちスクリーンにCMが流れ始める。デジモン関係のおもちゃのCM、どれみ関係のおもちゃのCM、とかわるがわる何本ものCMが続く。で、次に一般のCMが何本か。続いて洋画系、そして邦画系の封切り予定作品の予告編へ。
おいおい、もうすでに15分
である。 場内からは「ねぇ〜、ま〜だ〜?」と子供たちの声があちこちから上がる。

で、やっと始まった「おジャ魔女どれみ#」。予告+CM=15分に対して、「どれみ」本編=26分である(笑)。
やれやれ。映画が始まると、小さいお友達はみんな全然飽きることなく、真剣に食い入るように見てくれていて、ホントとても嬉しかった。また頑張っていいもの作らなくっちゃ!

というわけで、見終わった僕は(あっ、もう1本の方は見てて辛いのでパス)そのまま「新宿追分だんご本舗」の喫茶室へ。「宇治金時」で至福の時を過ごしたのであった。
しっかし、それにしても、だ。ハッキリ言って、

おもしろくもない東映の実写映画の予告なんて、アニメフェアの期間中は止めてもらいたいものだ!いや、マジで!

7月19日(水)

海の向こう、ニューヨークでMacintoshのお祭り「MACWORLD Expo NY」が始まった。で、日本時間19日の深夜、CEOジョブズ氏による基調講演が行われて、その場でドドーンと新製品が発表された。

[詳細はこちら]
MacWireOnline    http://www.zdnet.co.jp/macwire/
Apple         http://www.apple.com

しかし、Appleってのはつくづくスゴイ会社だと思う。このCube!よくもまぁ、こんなにもエキセントリックなデザインの製品を世に出してくるよなぁ!う〜む、恐るべし!

・・・って、また物欲が・・・。

7月18日(火)

最近めっきり夜更かしをしなくなった。

だいたい遅くとも1時には就寝。で、朝6時には起きていろいろ始めるのだ。夏の朝は気持ちが良くて、頭の回転もいつもの3割り増しである。こういうサイクルの生活になると、まるで小学生の頃の夏休みみたいで結構楽しい。思わずラジオ体操したくなるほどだ。やっぱ夏はコレが一番ですね。

ただ問題がひとつ。早起きして気持ちよい朝のひとときを過ごしていると、いつもより3割り増しで仕事に行きたくなくなるのだね。ああ、海が、山が、私を呼んでいる!

そう、海と言えば沖縄である。

「沖縄サミット」だとか言って政府だとか報道各局とか地元沖縄がもりあがっているようだが、なんなんでしょ?

いまさらサミット会議なんてやる必然性があるのかなぁ?

かつてサミット会議が始まった頃に比べると、世界情勢はまったく変わってしまっているのだ。わざわざ世界主要国の首脳が集まって何を会議するって言うのだ?
「沖縄でやることに意味があって・・・」などと政府は言っているが、それは一方的に日本側の言い分であって、会議に出席する方にはそんなことまったく問題ではないでしょう?そもそもみんな、サミット会議なんて面倒くさがってるじゃないですか。だって今回の顔ぶれを見ると、まぁ首脳たち本人は当然来るが(ホントか?クリントン、来そうもないなぁ)、奥さん方はほとんど来ないでしょ?1年以上前から決まっていた日程に対して「スケジュールが合わない」とか「家庭の事情で」なんて言われて欠席されちゃうのだから、いかに軽く見られているか、ってことでしょう?第一、沖縄、沖縄って言ったって、そんな沖縄を世界紹介するようなプログラムなんてほとんど組まれてないでしょ?
主な議題が「IT」だって?何を今更そんなこと話あわなけりゃいけないんだと言いたいですね。なんでわざわざ沖縄でIT?笑ってしまうのは僕だけではないはず。今回の目玉はロシアのプーチン大統領が来るので各国首脳ともそのプーチンと会談を持ちたいという一点でしょう。むしろ「IT」が議題なら、一カ所に集まって会議なんてやらずに、

インターネットでオンライン会議にでもすればいいんじゃないの?

要するに沖縄にお金を落とすための施策なのですね「沖縄サミット」って。本来この時期、ナン百億円もかけてる場合じゃないでしょ。
そもそもこれしきの国際会議で舞い上がってるんじゃ、いかに日本が国際会議慣れしていない田舎ものであるかを暴露してて、はなはだ情けないと思うのですね。

しかし、それにしても、あの2千円札のデザイン、ダサイなぁ!
センスのかけらも感じられないですね。

7月17日(月)

昨晩は今世紀最後の皆既月食であった。しかも皆既継続時間が107分にも達するという代物であった。天気は雲がちであんまり芳しくなかったのだけれど、それでも雲間に赤黒い満月が確認できた。しかし、炎天下の京都を徘徊して帰ってきたばっかりで結構へばっていたので、中野アジトのあるマンションの最上階の階段から見上げたのみ。ちょっと惜しいことをしたなぁ、と心持ち後悔。でも、疲れてたのよ、ホント。

とか言ってたら、関東甲信越が梅雨明けである。さぁ、夏だぁ!

7月16日(日)

「そうだ、京都に行こう」

というわけで京都に行って来た。祇園祭である。昨晩は神戸・三宮でコンサートのあと大阪・梅田に一泊。そもそもの予定では今日は「大阪食い倒れツアー」だったのだが、せっかく祇園祭やってるんだから、ってことで阪急電車の特急で40分、久しぶりに京都にやってきた。

ところで話は変わるのだが、梅田で例の雪印問題の影響をモロに被ってしまった。あまりに暑くてホテル近くのモスバーガーに逃げ込んだところ、コレである。どうやらモスバーガー、雪印の乳製品を使っていたらしいのだね。おかげでシェイク類をはじめ、お目当てのデザート類も全滅。う〜む。(ちなみにあとから知ったのだけれども、コレって東京でも同じだったらしい)

さて、祇園祭である。お祭りだからホントは少し涼しくなった夕方から夜が一番盛り上がるのだろうけど、僕らは帰りの新幹線が決まっていたので炎天下の京都を歩き回ることになった。いやぁ、暑い!暑いゾ!京都の夏は暑いって聞いてはいたが、コレにはさすがにまいった。気温がほぼ体温と同じである。しかも頭上からは容赦ない強い日差し!そもそも今週末って全国的に雨って話じゃなかったっけ?昨日の大阪・神戸、そして京都と、コレはどう見ても梅雨明けてるよなぁ!

それでも水やビールを片手に清水寺から八坂神社へと抜け、四条通を中心に鉾だの山だのを見て回ってきた。

そうか、こんなのが練り歩く(?)のね。実は僕ら、祇園祭の歴史だとか成り立ちとかって全然知らなかったのだ。
四条通でもらったパンフによれば、貞観11年(869年)に疫病の災厄除去を祈って始まり、応仁の乱後の明応9年(1500年)に祭りが再興されて以来、このようなお祭りの形が定着したとのこと。いやぁ、日本史!さすが京都である。歴史の長さが半端じゃないのだ。

今年は今日16日が宵山、祭りの最高潮である山鉾巡行は明日17日。残念ながら一番いいところは見れないのだけれども、それでも雰囲気は満喫できた。それにしても、ホント、町中が夜店状態である。こんなにたくさんの屋台が一同に集まっているのなんて見たことがないゾ。これって近畿全体から集まってきてるんだろうなぁ。

しかっし暑い!

東京に帰ってきてからニュースを見たら、四条通が歩行者天国状態に解放されていて、夜11時だというのに47万人の人出だと。

7月15日(土)

ひかり213号新大阪行きの車中にて。

先週の倉敷に続き今日はこれから神戸・三宮にて小田和正のコンサートである。こうして週末ごとに新幹線で西へ向かうのは、まるでビジネスマンの出張のようでなんか良いぞ。今回の同行者はご存じゆきこ嬢(32才丸の内OL売約済み)とみおこ嬢(25才?謎の都立病院職員独身)との3人旅。ところがさっそくみおこ嬢がやってくれました。いきなり新幹線にひとり乗り遅れ、後続のひかりで追いかけてきているというありさま。たぶんそんなことになるんじゃないかと思っていた僕ら、「やっぱねぇ」。車中待ち合わせで大正解で、巻き込まれて僕らも乗り遅れるところであった。ははは・・・。

先週、倉敷のホテルのトイレで携帯電話を水没させて、瀕死の重傷を負わせてしまったゆきこ嬢が、いま流行りのカラー液晶のJ-PHONEの携帯電話に颯爽と機種変更をしてきた。NTT-DOCOMOひとすじ、モノクロ液晶命の僕は「ケッ!」とばかりに斜に構えつつゆきこ嬢の解説を聞いていたのだが、悔しいけれど、結構いいんだな、これが。かわいいし、キリッと見やすいし「なかなかやるジャン!」といった感じ。でもなぁ、あんまりいろいろ機能が付いていてもなぁ、とも思う。電池も消耗早そうだし。電話は電話でいいじゃない、というのが僕の持論。まぁ、せいぜいビールをこぼして雑巾がけしたり、目玉 焼きを炭にしてフライパンを磨いたりしてください。

そんな僕は僕で、実は今日、新しいカバンのデビューなのだ。先週またしても「一目惚れWebショッピング」してしまった。ブツはコレ。このリバーシブル具合が何ともよろしい。色はもちろん赤/黒のヤツ。軽くて大きすぎず小さすぎず、1泊旅行+ノートパソコンにちょうど良い。着ているもの、場の雰囲気に合わせて赤にしたり黒にしたり。「フフフ」なのである。

7月13日(木)

ネットに繋いでポータルサイトのNEWSを見たら「女優メグ・ライアンが離婚」とのこと。記事を読んで驚いた。彼女、38才なんだって!やっぱりかわいい女性ってのは、本質的に年齢とは関係ないのだね。そう言えば、僕の周りにもそんな女性たち、いっぱいいるしね。

最近、大泉スタジオにいたずら電話、というか嫌がらせの無言電話が頻繁にかかってきていて問題になっている。まぁこういう仕事をしている会社なので、以前からときおり番組・作品のファンからとかかかってきたりしたことはあったのだが、今回のはどうやら同業者の個人の嫌がらせらしい。やたらめったらガンガンかかってくるのだ。会社としても、もうそろそろ放っておく訳にもいかないので、何月何日何時何分にかかってきて、どういった内容だったか統計をとっており、近く告発する事になるようだ。しかも最近ではただの無言電話だけではなく、ボイス・チェンジャーを使って声を変え、訳のわからンことをしゃべったり、延々とお経のテープを流したり、と、まぁ、ご苦労なことなのだ。しっかし、ホント思うのだけれど、いい歳の大人が何やってんだか。そのエネルギーを仕事とかもっと生産的なことに向けられないのかねぇ。

7月12日(水)

前日に引き続き「本の雑誌」の最新号を買った(笑)。今度は大丈夫、正しい「最新号」である。特集で「2000年上半期ベスト1」をやっていた。ベスト10に挙げられているどの書名を見ても「・・・知らん」。まぁ、この「本の雑誌」のランキングは、他のメジャー紙のものとは一線を画している、というか「へん!」だからってこともあるけれど、「そうだよな、本読んでなかったなぁ」と思い当たるのも確か。実際、去年から今年にかけて読書量 が激減しているのだ。何故かというと、バス移動が増えたからなのだ。僕はバスで本を読むと97パーセント以上の確率で、酔う!なので、バスでは読書が出来ないのだね。

でも、まったく読んでないわけではない。
最近読んだ本を挙げると、
「ねぇちゃん撮らせんかい!」(宮嶋茂樹・著)・・・文春の名物カメラマン宮嶋氏が混乱の続くボスニアで美女を撮りまくってきた時のお話。
「六番目の小夜子」(?(忘れた!)・著)・・・とある進学高の文化祭にまつわる ミステリー。
「ダーウィンの使者」(グレッグ・ベア・著)・・・ハードSF界の第一人者である氏のレトロ・ウィルスもの。
「私の旅に何をする!」(宮田珠紀・著)・・・海外旅行がしたいがために会社を辞めて物書きになってしまった氏のへんてこ旅行記&エッセイ。
「にっぽん海風魚旅」(椎名誠・著)・・・日本全国、海辺の町での滞在記。

って、な〜んだ結構読んでるジャン。しかっしラインアップが渋い!ベストセラーからはほど遠いヤツばかりであるなぁ。とか言いつつ、今日も新たに「そうだ、村上さんに聞いてみよう」(村上春樹・著/安西水丸・絵)をご購入。読書量 は減っても「購入量」は一向に減らない僕であった。

7月11日(火)

必ず毎月買っている雑誌のひとつに「本の雑誌」がある。作家・椎名誠が編集長をやっている書評紙である。この雑誌、毎月だいたい10日頃の発売なのだが、その月によって発売日が微妙にズレる。今日大泉からの帰りがけ、駅前の英林堂書店に立ち寄ると「本の雑誌」が山積み平置きになっていた。「おお、出たか」1冊手にとってレジへ。「いや、ちょっと待てよ。まさか先月のじゃないよな?」気になったので一応レジの店員に訊いてみた。

「ええ。これが新しいヤツですよ」

安心して530円を払いご購入。電車に乗ってから「さぁて、と」ページをめくり読み進んでゆくと、なにかイヤな予感。「・・・これ、この間読んだよな・・・」

あ〜あ、やってしまった。これ先月号である。まだ今月号、最新号は出てないのだ。そうだよな。今月号が出てないんだから、確かにコレが『新しいヤツ』なんだよな。自分でちゃんと確かめなかった方が悪いんだよな。

・・・でも、何が悔しいって、これを2ヶ月連続でやっちまった!ってこと。やれやれ。

7月10日(月)

コンビニの棚から雪印の製品がすべて消えて1週間近く経つ。こうしてみると、結構雪印っていろんなものを出してたのだな、つくづく思う。ふと牛乳が飲みたくなってセブンイレブンに行ったら、案の定牛乳が1本もない。雪印が消えたため他のメーカーのものも早々に売り切れてしまうのだ。あ〜う〜。いざ無いとなると、普段はそんなでもなかったのだが、なんか、無性に飲みたくなるのが人間のサガってヤツである。

我が中野アジトの周辺(JR中野駅北口)には、アジトから徒歩3分圏内に実に8軒のコンビニがある。内訳はセブンイレブン2軒、ファミリーマート2軒、ローソン2軒、サンクス2軒である。一番近いのがサンクスでここではビールが買えるので重宝しているのだが、お弁当類その他はやはりセブンイレブンである。最近のお気に入りは「ミニ冷やし中華」である。これがおいしい!量 も少なめでちょうどよく、深夜に小腹が空いたときにはうってつけである。\300っていうお値段も素晴らしい!

ところで最近近くに出来たセブンイレブンの店長さん、なんと関西弁の人である。いや、関西弁自体はそう珍しくもないんだけど、「コンビニの店長さんが関西弁」ってのが僕には何とも不思議な取り合わせだったのだ。この店長さん、まだ若い人なんだけど、凄く働き者で、きびきびと気持ちがいい。しかもレジで「ありがとうございました!」ではなく「おおきに!」と言われると、なんだか新鮮でちょっと嬉しい。

というわけで、最近はこのセブンイレブンが僕のご贔屓なのだ。

7月8日(土)〜9日(日)

倉敷へ行って来た。劇場のお仕事も終わり、ああやっとこの週末からは小田和正のコンサート・ツアーである。

前回のツアー('97-98)の時は、鳥取(鳥取県民文化会館)を皮切りに仙台(仙台サンプラザホール)、旭川(旭川市民会館)、千葉(市川市文化会館)、京都(京都会館第1ホール)、大宮(大宮ソニックシティ)、福岡(福岡サンパレス)、東京(東京国際フォーラム)、名古屋(名古屋市民会館)、横浜(パシフィコ横浜国立大ホール)、奈良(奈良県文化会館)、東京(日本武道館)、そして追加公演(東京国際フォーラム)と合計11都市14公演を聴き倒したのだ。なんでそんなに何本も聴きに行ったのかというと、その年50才を迎えた小田和正なので、「もうこれが最後のコンサート・ツアーになるかも知れない!」という思いがあって、「1本でも多く聴いておこう!」と「追っかけ」に走ったのだ。僕もまぁ、まったくもっていい歳をして、である。関東の公演以外はすべて土日の仕事が休みの日(あるいは休める日)に行って来たもの。忙しく日常を送っていると、こんなことでもない限り、国内旅行なんてしようとも思わなかっただろう。新幹線あり、飛行機あり、夜行高速バスあり、結構ハードな日々であったが、おかげで北から南まで、日本全国いろんなところ出かけて観光することが出来たのだった。

で、今年。まさか、まさかの全国ツアーで「よし!今年も!」と思ったのだが、残念ながら劇場用作品のスケジュールに見事ぶつかってしまい出鼻をくじかれてしまい、しかも今回のツアー・スケジュール自体に土日の公演が少ないのだ。よって5/11の初日・千葉県文化会館に行ったあと、この倉敷(7/8倉敷市民会館)までお預けだったのだ。ちなみにこのあとの予定は、7/15神戸国際会館こくさいホール、7/22.23東京国際フォーラム、8/31神奈川県民ホール、9/15北海道厚生年金会館、10/3.4大阪フェスティバルホール、そして千秋楽10/12.13日本武道館と続く。というわけで、よろしく!>仕事関係各位

さて、倉敷である。もちろん僕も一緒に行った幸子嬢(32才丸の内OL売約済み)にも初めての土地である。今回は事前調査をまったくやらず、観光ガイドも買わずに倉敷に乗り込んだ僕ら。「まぁ、行けば何とかなるんじゃないの?たぶん狭い土地だし」というわけだ。これも2年前のツアーによって体験的に僕らが得た自信であった。「白壁の街並みの美観地区」「チボリ公園」、それが僕らの倉敷についての知識のすべてであった。

で、実際。「倉敷はエスニックと工芸とカレーと陶芸の町」であった!

美観地区へと続く駅前商店街に一歩足を踏み入れたら、もうあるわ、あるわ、東南アジア-インド系のエスニック系衣類&小物の店。ここは高円寺か!?工芸、陶芸関係は多いだろうな、とは想像してはいたものの、まさかこんなにエスニック系が溢れかえっているとはね。それとカレーである。カレー専門店とカレーがメインの食堂が多いのだ。倉敷って、なに?そもそもこのあたりの名物の食べ物ってなんだ?ホントに吉備団子だけなのか?・・・謎である。

うわさの美観地区は「ふ〜ん」という感じでこれといった感動もなし。特に大原邸周辺川っぺりのいわゆる観光地然とした一体はなんか安っぽい感じである。でも少し裏へ廻ると、人通 りの少ない昔ながらの風情の漂う街並みが残っており、思わず「カメラ小僧」と化してしまった。それでもそんな地域はホンの少しで、あとは日本全国何処へ行っても広がっている無秩序な日本的住宅地であった。まぁ、そんなものだ。

さすが地方都市は夜が早く、コンサートが終わった8時半過ぎには、ほとんどの飲食店が閉店していた。う〜む。静かだ。で、美観地区に1軒だけあったファミリーマートがまさに旅行者のオアシスであった。小さなコンビニだったのだが、レジに長蛇の列が出来るほどの大盛況ぶりであった。でも美観地区周辺は無駄 に明るい街灯がいっさい無く、足元を照らす背の低い街灯が所々にあるだけで、さらに夜の暗さを醸し出していてGOODであった。

翌日。駅の反対側に広がっている「チボリ公園」に行くつもりだったのだが、(実は結構期待してたのだけれども)外観からしてかなり ショボかったのでパス(実際、小田和正のコンサートの中の「ご当地紀行」のコーナーで小田本人も行っていたのだが、なんかすべてに外しまくっているテーマパークであった)。で、帰りの新幹線の時間まで間を持たせようとしてもこれといって行き場がなく、結局再び美観地区に戻り、無理矢理かき氷を食べたり、無理矢理珈琲を飲んだり、と、そんなであった。よくある観光会社の倉敷方面 の観光ツアーって、一体全体何処をどう廻るのでしょう?時間あまりまくると思うんだよな、絶対。

でもまぁ、そもそもの目的のコンサートの方は大盛況で大満足であったのでトータルでは「OK」な週末であった。

7月7日(金)

七夕は晴れない。通常東京はこの時期「梅雨」まっただ中である。しかも今年は大型台風3号がモロに関東に向かって接近中で、梅雨の晴れ間どころか「嵐」である。

そんな中、「劇場版おジャ魔女どれみ#」と「劇場版デジモン・アドベンチャー02」の初号試写 およびスタッフの合同打ち上げが行われた。夕方5時から東映大泉撮影所内の試写 室での初号試写。7時から打ち上げ。さすがに大変なスケジュールの作品だったこともあって(デジモン)大いに盛り上がり、2次会、3次会と場所を替えつつ暴風雨の中、午前2時過ぎまで(それでもまだ飲み足りない人はプロデューサーと大泉の街に消えていった)。

これでこの夏の劇場版のお仕事は終了である。ホントに楽しい製作の日々であり、また楽しい打ち上げであった。

暴風雨の中をタクシーで中野に戻り、わくわくしながらテレビの台風情報を見る。どうやら東京直撃は免れ、台風は房総半島をかすめて北上するようだ。このあと僕は数時間後に東京駅から新幹線に乗り西へ向かうことになっているのでJRの運行状況が気がかりであったのだが、まぁ大丈夫そうである。

7月6日(木)

大腸ポリープ切除のため入院していた父が無事退院した。ナース・センターへのお礼の差し入れの菓子折を携えて、退院手続きに行って来た。「また痩せちゃったよ」と本人。まぁ、食事制限されてたわけだしね。それにしても48キロかぁ。少し僕のお肉を分けてあげたいゾ!

今週末(7/8)公開の映画「デジモンアドベンチャー02」がようやく完成した。なんと公開2日前の完成!前代未聞である!テレビ作品なら「放送2日前納品」「放送前日納品」なんてことが横行してたりするのだが(苦笑)、映画でここまでぎりぎりになったのは東映アニメーション(東映動画)始まって以来ではないか?

「劇場版おジャ魔女どれみ#」の時も書いたが、デジタル作品の映画では完成した画面 のデジタル・データからフィルム用にネガを起こし、それを使って上映用のプリントを焼かねばならない。問題はその数。「全国一斉公開」なわけでその数200超である。一応のネガのOKが出たのが(0号試写 )6日の早朝。それからプリントするのである!90分4ロールのフィルムのうち、この時点で2ロール分は先行してプリント作業に入っていたのだが、それでも残り半分はまるまるここからの作業なのだ。東映の現像所、東映化学だけでは到底太刀打ちできず、よって東京現像所とIMAGICAにも急遽プリント作業を発注。出来た分からガンガン地方発送である。しかしそれでも間に合わないのだ。

とにかく最後は人海戦術である。完成したプリントを東映アニメーションの従業員(管理職員)と東映本社からの応援部隊とで7日早朝スタートで「完成フィルム手持ち納品大作戦」となった。手持ちで持ち込む上映館は約90館らしい。公開前日、ほんとギリギリである。

ともかく2000年夏の東映アニメフェア「デジモン・アドベンチャー02」「おジャ魔女どれみ#」は完成。明けて7日、やっとスタッフ試写 。そして打ち上げである。折しも大型の台風3号が日本に大接近中!まさに「嵐を呼ぶ」公開である!

7月3日(月)〜4日(火)

週末の「もちづき荘ツアー」で僕はひとつの失敗をしでかした。初日に牧場にあがった際、右足首をぶよ(だと思われる)に刺されていたのだ。その日は別 段、腫れ上がったりということもなく、午前3時半までTAKIをやって遊んだりしていたのだが、翌2日から、なにやら刺されたあとが痛みを伴ってぷっくりと腫れだし、頭痛、倦怠感、発熱といういや〜な展開に陥ってしまった。行程の途中、ドラッグ・ストアで虫さされの軟膏を買ってつけたりもしたのだけれど、一向に好転せず。とにかく中野に帰りつき、患部を冷やしながら寝たのだ。で、明けて3日の月曜日。もう起きたとたん、頭痛、発熱、倦怠感、右頸リンパ節痛、さらに右足首が腫れ上がり、痛くてちゃんとあしが地面 に下ろせないといった有り様。ともかく這いずるようにして、近くの中野共立病院の外科で診察を受け、抗生物質を処方してもらい、仕事を休んでひたすらのたうち回っていたのである。

明けて4日。爆睡の末、覚醒したのが午後1時。さすがに抗生物質が効いたとみえて、頭痛、発熱、倦怠感、右頸リンパ節痛はすべて去り、右足首の腫れも一段落となった。

まぁ、刺されてすぐに症状が出たわけではなかったので(最悪のケースでは、すぐさま動悸、息切れ、めまい、さらには呼吸困難なんてショック症状が出たりもする)、それほど大げさなことにはなるまいと思っていたのだが、やれやれ、とんだオチがついてしまった「もちづき荘ツアー」であった。

7月1日(土) 〜2日(日)

早いモノでもう今年も7月である。ミレニアムだなんだってあれだけ騒いだ西暦2000年も、もう半分終わっちゃったのだな。

さて、この週末(7/1〜2)に高校時代の天文部仲間6人で長野県北佐久郡望月の国民宿舎もちづき荘に行って来た。ここは今を去ること20年前、僕が高校2年生だったときに天文部の夏合宿をやった場所なのだ。僕らにとっては伝説の懐かしい場所なのである。

当時の都立富士高校の夏合宿の規定には、1.東京から200キロ以内  2.2つ以上のクラブ合同  とあった。僕ら天文部は当然星を見るのが活動なわけだから、とにかく夜空の透明度が高くて、市街地の灯火の影響が少ない場所が良いのだ。しかし東京から200キロ圏内でそういった条件をクリアしている場所ってそんなにないのだ。成人した今なら自動車を使ってかなりいろんなところへ移動できるので選択肢はそれなりにあるのだけれど、当時はとにかく「空のきれいそうなところ」に宿を取って観測するしか方法がなかったのだ。しかもそんなにお金を持ってない都立高生である。そんな豪華な宿に投宿できるはずもなく、とにかく宿泊費を安く抑えねばならなかったのだ。山奥に登山モードで入っていってテント泊という手も一瞬考えたのだが、部員には女の子も多く、そんなハードな行動は不可能であった。

で、合宿に関する全権がゆだねられていた当時部長であった僕はどうしたか?
「全国国民宿舎・国民休暇村ガイド」という本を中野図書館から借りてきて、だいたいこちらのニーズにあった場所の国民宿舎をピックアップ。その結果 、幾つかの候補の中からここ国民宿舎もちづき荘になったわけだ(翌年、まったくおんなじ過程を経て福島県白河・新甲子温泉の国民宿舎みやま荘に行くことになる)。

当時から天文部は富士高校一番の厄介者の部だったため(といっても悪いことやってたワケでなく、夜の活動が主になるため他の部の活動に比べると結構面 倒だったのである)、顧問教師はいやいやの持ち回りだったのだ。このときの部の顧問教師は数学科の田代教諭であったのだが、彼はもうまったくなんにもしてくれない人だったので、宿とのスケジュール調整、宿泊費の交渉、一切合切を僕がやったのだ。当時一泊2食付き5000円ほどだったのを、3食付き4500円に値切り倒し、しかも朝飯を昼飯にシフト(朝方に観測から戻ってきて1時間ほどで朝食ってのは結構辛いのだ)させ、夜食として1食分弁当(おにぎり)を作ってもらい、さらには観測地の望月高原牧場まで宿のバンで送ってもらうという、宿の方々にははなはだ申し訳ないことこの上ない条件で合宿を行うこととなったのである。

ちなみに規定2の一緒に行ってもらうクラブは早々と美術部に決まっていた。実は美術部は部員数が少なく、そもそも合宿が出来る規定人数ではなかったのを究極のウラ技(天文部員を兼部扱いで美術部に2重登録していた!)でクリアしていたので、絶対一緒に行動せざるを得なかったのである。

国民宿舎もちづき荘は長野県小諸市から車(バス)で1時間ほど南西に入った山の中、谷間の温泉場でなかなか良い場所にあった。ほぼ24時間温泉に入れるので、朝観測から帰ってきてからゆっくりと温泉に浸かれるのは、まさに完璧であった。しかし、実際行ってみないとその土地のことって言うのはなかなか分からないもので、僕ら天文部はまんまとそのワナにはまってしまうこととなる。そうなのだ、晴れないのだ

午前中から昼過ぎまでは、太陽光線が燦々と降り注ぎ、日射病になりそうなほどいい天気。おかげで、美術部員にはとても好評であった。ところが3時4時頃からむくむくと雲が出始めてきて、6時の夕飯をすぎるとしっかり曇り。時には雨まで降るのだ。9時頃、重い腰を上げて観測地である牧場へ移動。ところが今度は濃霧なのだ。はるか上空は良い天気で星が見えているようなのだが、地上付近は見事な濃霧。この霧、晴れることなく朝を迎え、宿までの帰路に就く頃、徐々に晴れだして、朝からいい天気再び、となるのだ。もう、毎日この繰り返しなのである。いやぁ、参った!

そんな場所なのだが、僕ら天文部員にはとても想い出深い場所で、実は数年前から「もちづき荘へ行こう!」という話が出ていたのだ。そして今回、やっと念願のツアーと相成ったのである。

関越自動車道高坂SAで合流した僕らは関越道〜上信越自動車道経由で佐久へ。途中、別 の温泉に寄ったり、佐久平の巨大JUSCOで男ばっかり6人でお買い物を楽しんだりしつつ、夕方5時前にもちづき荘に到着した。20年ぶりのもちづき荘は別 館が新設されたり、それに伴い旧館も浴場や食堂が移築されていたりしてびっくりさせられたが、そのたたずまいは大きく変わることなく、僕らの記憶のままのもちづき荘であった。

チェックインを済ませ部屋に荷物を置くと、すぐさまかつて観測をした牧場をめざした。遠い記憶の断片を頼りに、少し迷いながらもなんとか目的地に到着。そうだ、20年前、僕らはここにいたのだ!まるで戦時中の激戦地をそこで戦い抜いた仲間たちと一緒に集まってその当時を偲んでいるように、みんなの中に熱いモノが静かに沸き上がる。一旦宿に戻り、その夜遅く、再びこの観測地へ。ここで僕らは雲間に雄大に流れる天の川に出会うことが出来たのだ。それは素晴らしい天の川であった。

翌日2日は、国道141号を南下。臼田町の天体観測施設「うすだスタードーム」を見学したり、さらに下って野辺山のJR最高地点で記念写 真を撮ったり、かつて都立富士高校の清里寮のあった場所を訪ねたり、清里・清泉寮でソフトクリームを堪能したり、まことに密度の濃い一日を過ごしたのであった。